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「奇跡体験!アンビリバボー」で紹介された情報

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断橋

21年目の七夕の日、ケイティーは実の父母と姉と再会することができた。チャンさんは「あの時のあの場所の空気は、特別なものでした、様々な感情が爆発していました」などと話した。こうして22年ぶりに再会を果たした一家は数日間一緒の時を過ごした。ケイティが中国に滞在中、生みの親と育ての親はインターネットを通じて初めて言葉を交わした。ケン・ポーラーさんは「娘にとって本当によかった」などと話した。再会から5日後、アメリカへと帰っていった。現在、大学を卒業したケイティは大学院に進学するまでの1年間、中国のインターナショナルスクールで英語を教える仕事をしている。

断橋での再会の翌日、ケイティはある場所へ案内された。そこは22年前にケイティを置き去りにした場所だった。徐さんは自分にとってもケイティにとっても複雑な思いを抱かせる場所に案内し続けた。ケイティは「実父は私の許しを得たかったのです。許すなんて何でもないことでした。当時のことは私も理解しています」などと話した。ケイティはアメリカで習っていたビオラの演奏を徐さん夫妻にプレゼントした。ケイティは滞在中1人で自分が預けられていた養護施設も訪れていた。ケイティは「自分のルーツを探り生みの親と再会するのはとても大切なことです」などと話した。


断橋

20年目の七夕から半年がたった2016年3月、チャンさんの元にケイティから「正直私はどうすればいいかわかりません」というメールが届いた。ケイティは大人になり養父母からこれまでのことをすべて聞かされていた。ケイティは生みの親について隠し事をされていたことに傷ついてしまった。養父母からチャンさんに連絡すればいいと言われメールを送ってきた。チャンさんはアメリカの養父母の家を訪れケイティーの悩みを聞いた。その後1年以上にわたり養父母らと話し合いを重ねたケイティーは2017年の七夕の月、アメリカの家族に見送られ中国に飛び立った。


断橋

ケン・ポーラーの一家はアメリカ・ミシガン州にある湖に面した町に住んでいた。養父母は中国で大きく報道されることで娘を奪われるのではないかと恐れるようになっていたという。そのため連絡が二度と取れないようにしていた。養父母は静芝ちゃんをケイティと名付け大切に育てていた。チャンさんは娘の思いを綴った手紙を架け橋となり1年に一度、アメリカの育ての親に送った。やがて養父母はケイティの近況を知らせる手紙を送るようになった。チャンさんこの架け橋を何年も地道に続けた。徐さんは夫妻は毎年七夕に断橋を訪れていた。20年目の七夕、徐さん夫妻は1日中、断橋で待っていた。しかし娘は現れることはなかった


断橋

両親を名乗る人物にたどり着いた番組スタッフはすぐに新聞社に急行した。そこには1組の夫婦と女の子が座っていた。男性が持っていたノートなどを調べた結果、静芝ちゃんの両親だと判明した。そして7日後、代理人の呉さんと対面し手紙と静芝ちゃんの写真を受け取った。徐礼達さんは「とにかく生きていることがわかって夢のようでした。多くの皆さんへの感謝の気持ちでいっぱいです」などと話した。

静芝ちゃんの無事を知らされた翌年の2006年、夫妻の元に、ドキュメンタリー監督のチャンフー・チャンさんが訪ねてきた。チャンフー・チャンさんは「とても魅力的なストーリーだったので興味を持ちました」などと話した。徐さん夫妻が受け取った手紙には養父母の名前や連絡先なども書いておらず呉さんも秘密としていた。そして突然、向こうの両親と連絡が途絶えてしまった。チャンフー・チャンさんはまず静芝ちゃんが預けられた児童養護施設を調べたが秘密厳守のため教えてもらえなかった。チャンさんはその後、この施設のコミニュティーを発見し、ケン・ポーラーという人物を捜索し本人の電話番号を聞くことができた。


断橋

手紙には「この子の名前は静芝といいます、旧暦7月24日江蘇省で生まれました。心優しいどなたか、哀れな父母に代わって面倒を見て下さくい。そして願わくば10年後か20年後の七夕の日の午前断橋に上でひと目お会いすることができますように」と書かれていた。女性によれば静芝はアメリカ人に引き取られアメリカに住んでいるという。1996年、アメリカに住んでいた夫婦は2人の子どもがいたが2人共男の子だった。養子を探す目的で訪れた中国の養護施設で静芝ちゃんと出会った。10年後、断橋に行こうとしたが仕事で行けず中国に友人がいるという知人にば静芝ちゃんの写真と手紙を託し生みの親に渡して欲しいと頼んだ。しかし范恵敏キャスターらが断橋に着たのは午後だったため、会うことはできなかった。スタッフ一同が途方にくれている時に、たまたま午前中に断橋を取材していたスタッフがいた。VTRをチェックすると断橋に座っている2人男女が映っていた。そしてその男性が持っていたウチワには「静芝」と書かれていた。テレビですぐに両親に呼びかけた。さらに3日後には新聞各紙もこの話題を取り上げた。数日後、両親を名乗る人物が現れた。


断橋

中国・浙江省にさる西湖には「白蛇伝」とい伝説がある。蛇の化身である美少女が1人の青年と恋に落ちた。しかし正体を見破られ湖に封じられ引き裂かれてしまう。それでも彼らは苦難の末に湖で再会を果たした。以来、この湖にかかる断橋は会いたい人に会える伝説の橋と知られている。今から14年前、この断橋で引き裂かれた家族をめぐって奇跡が起こり中国でも話題となった。伝説の橋は、その家族にさらなる奇跡をもたらしていた。

今から24年前、中国・浙江省で古紙回収の仕事をしていた徐礼達さん。妻と娘の3人家族だが新たな家族の誕生に備えていた。そんな彼に役所から一人っ子政策により罰金を払わなければならないと電話がかかってきた。罰金は一律ではなく地域や自治体に寄って大きな差があり、通達なく金額が変更されることもあったという。徐礼達さんが払うように言われた罰金は月収の100倍の金額だった。2人は中国・浙江省を離れ江蘇省に住む姉のもとに逃げ、川に浮かべられた船で出産。生まれた女の子は静芝と名付けられた。しかし出産が当局にばれ、出産から5日後、野菜市場の入口付近に一通の手紙を添えて赤ちゃんを置いた。

2005年の8月11日、この日は年に1人会いたい人にあえる七夕。断橋には多くの人が訪れていた。地元デレビ局の人気キャスターの范恵敏さんもここを訪れていた。目的は番組の目玉コーナー「范姉さんがお助けします」の取材だった。1人の女性が手紙を持って助けて欲しいと訴えてきた。


ゾウ

上野動物園のゾウについて、関根勤は「上野動物園に行ったらゾウの見方が変わる」などとコメント。今回の放送について、松井玲奈は「バイクを作った人が一番記憶に残っている」などと話した。


アジアゾウ

1949年、ネール首相から贈られたゾウのインディラ。戦後、希望を失っていた国民にとって明るい話題となった。インディラは半年の間に17都市を訪れ、ゾウを見たことのない子どもたちを喜ばせた。そしてインディラの来日から18年後、インドは大飢饉に襲われる。そのニュースを知り、募金を呼び掛けたのがかつて招致運動をした台東区の子どもたちだった。ゾウを贈ってくれた恩返しとして集められた募金は、現在の金額で6500万円に上った。上野動物園では3頭のメスのアジアゾウを飼育。ゾウの飼育には飼育員と動物が接触しない方法と、触れ合いながら世話をする方法があるが、上野動物園では落合さんと同様に触れ合う方法をとっている。


胃がん

インディラの騒動から8日後、落合さんは胃がんのため死去した。落合さんは妻の手を握り、「俺は幸せ者。最期にインディラの面倒を見てやれた」と話したという。その後もインディラは、動物園の人気者として活躍し続けた。そして落合さんが亡くなってから16年後、インディラは49歳でこの世を去った。


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