テレビ紹介情報

「新説!?日本ミステリー」で紹介された情報

「新説!?日本ミステリー」2009年1月20日(火)放送内容「新説!?日本ミステリー」2009年2月3日(火)放送内容

「新説!?日本ミステリー」 2009年1月27日(火)放送内容

2009年1月27日(火) 19:56〜20:54 テレビ東京
【出演】 松方弘樹 , ゴルゴ松本(TIM) , 小林清志 , 杉本るみ , 中川亜紀 , 中村知子
【ゲスト】 池上季実子
【その他】 頭川展子

(オープニング)

タバコの歴史

「日本で初めてタバコを吸った女性は?」という豆知識がオープニングにて話題に上がり、その歴史が紹介されていた。
1584年にスペイン船が葉タバコを日本に持ち込んだのが最初と言われており、当時のタバコは薬とされて健康に良いと信じられていたという。
そして日本で初めてタバコを吸った女性は豊臣秀吉の側室・淀君だとされており、その仮説を裏付けるものとして、淀のいた伏見城跡からは黄金の煙管が発掘されていたという。


ミステリー其の六十二 秀吉の側室 淀は信長の娘だった!?

「新説!?日本ミステリー」で紹介された映画・DVD

今回のゲスト、池上季実子が出演していた作品。
この作品で秀吉の側室・淀殿を熱演していた。

「NHK大河ドラマ おんな太閤記 完全版 第弐集[GNBD-7346][DVD]」

価格.com


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

妙教寺

京都府にある寺院。
「豊臣秀吉の側室、淀は織田信長の娘だった!?」を検証するため、番組の調査員が訪れていた。
この寺には豊臣秀吉が淀に与え、名前の由来にもなった淀古城の碑があるとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

射和文庫

三重県・松坂市にある私立図書館。
豊臣秀吉の側室だった淀殿の出生の謎を調べるため、取材班が訪れていた。


浅井三代記

浅井家の歴史を記述してある古書。
「豊臣秀吉の側室、淀は織田信長の娘だった!?」を検証するために使用していた。
この書は、1491年〜1573年までの近江浅井家の事を細かく記した書物だという。浅井長政の娘という淀の出生に関する記述を求めて書の中の記述を探したが、この書物では全く触れられていないと判明した。


京都大学

豊臣秀吉の側室だった淀殿の出生の秘密を調べるため、この大学が所蔵している文献の写真が使用されていた。
文献は「浅井長政が美濃の武将に送った手紙」というもので、その内容は「信長を紹介して欲しい」というものであったという。
現在の説では信長が尾張守に任官したのは1566年で、それまでは浅井との直接交渉はなかったとされている。しかし淀殿が生まれたのは1566年。淀は信長の妹のお市と浅井長政との間に生まれた娘で、会ったこともないはずの2人の間に義兄弟関係が生まれるはずもなければ、会ったその年に淀が生まれるはずもない、という点が指摘されていた。
これにより、淀は長政の子ではないという可能性が浮上したという。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

大阪城天守閣

大阪城の城跡。
大阪城にまつわる品々や戦国時代の貴重な文献など、約8000点もの歴史資料が保管されているという。
「豊臣秀吉の側室、淀は織田信長の娘だった!?」という情報を検証するため、調査員はここに保管されている秀吉の手紙を拝見していた。


豊太閤真蹟集

大阪城天守閣が所蔵する文献。
豊臣秀吉が自分の息子・秀頼に宛てた自筆の手紙だが、名前には敬称の「お」を付けて書き綴っているとのこと。
これにより、
「淀が産んだ子は秀吉にとって尊敬する信長直系の世継ぎで御をつけざるを得なかった。そして秀吉は自身を信長の正当な後継者と示すため、淀に固執した」
という仮説に至り、淀殿は信長の娘である可能性が強まったとのこと。


元景寺

群馬県にある寺院。
「豊臣秀吉の側室、淀は織田信長の娘だった!?」を検証するために取材班が訪れていた。
戦国時代から約430年続く寺で、淀が持ってきたか着てきたといわれている大打ち掛け、淀が乗っていたという駕籠の引き戸が保管されているとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

太融寺

大坂夏の陣で自害した豊臣秀吉の側室・淀殿を供養している寺院。
徳川方に最後まで反抗していた淀殿の墓が大阪城近くにあるのは不自然であり、
「淀殿が実は織田信長の娘で、それゆえに特別扱いとなって徳川から許可されたためではないか」
という仮説に至っていった。


明良洪範

豊臣秀頼の絵が書かれている書物。
「豊臣秀頼は秀吉の実子ではない!?」という話題で登場していた。
書によれば秀頼は身長が約197cm、体重は約161kg。小柄な秀吉を親とするにはあまりに差があるのでは、ということでそう考えられたという。


ミステリー其の六十三 豆撒きは古代ローマの風習だった!?

「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

玉泉寺

豆まき発祥の寺。
毎年2月3日の節分には多くの人が訪れるとのこと。
鬼に豆をまく理由について調べるため、取材班が訪れていた。
住職いわく
「寺の伝説によれば、鬼を退治するときに身近にあった豆を使った。それから、豆というものが魔を封じ込める力がある、と考えられたのでは」
とのこと。
また、節分の起源は室町時代からだと言われているという。


臥雲日件録

室町時代の僧・瑞渓周鳳の日記。
この日記には「鬼は外、福は内」と言う記述があり、豆撒きの風習は室町時代からという説を実証するものとされている。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された本・コミック・雑誌

古事類苑

「豆まきは古代ローマの風習!?」の検証で使用されていた本。
明治時代に政府により全国の神事・祭事をまとめた本とのこと。この本には昔は豆まきで豆を背後に撒いていたことが記されているという。これはかつての古代ローマで行われたレムリア祭での撒き方と同じものだと指摘されていた。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された本・コミック・雑誌

明治の文豪・森鴎外の小説。
「羅馬人(ローマ人)は死霊を『lemur』と言って、それを追い退ける祭りを5月頃の真夜中に行った。その式に黒豆を背後で投げることがあった」
という内容が書かれており、このことから
「古代ローマには豆を撒く祭があり、日本における節分の起源なのでは」
という仮説が生み出されていた。

「追儺」

Amazon.co.jp


古代ローマ

イタリア半島を中心に紀元前8世紀から紀元4世紀まで栄えた帝国。
古代ローマで行なわれていたレムリア祭の正体を調べるVTRにて紹介されていた。


レムリア祭

東北大学の名誉教授によれば
「日本の豆撒きは古代ローマのレムリア祭に非常に良く似ている」
とのこと。
その内容とは、家の長・家父長が家の周囲を豆を背中に撒きながらまわって悪霊を追い退ける、というものらしい。
古代ローマ人は主食の次くらいに豆をよく食べ、その中には祖先の霊が宿る特殊な豆もあり、それを祭などで捧げ物にするという風習があったという。これは日本における「豆=鬼退治」から連想される「豆=神聖なもの」という考え方にも似ている。
また、レムリア祭では
「悪霊よ出て行け!」
と言いながら撒き、これも日本でいう
「鬼は外」
に似ていると考えられるという。
そのため、教授は
「古代ローマから伝わった風習なのでは」
という考え方を示していた。


追儺式

日本最古の節分行事。
平安時代初期から京都府の吉田神社で行われてきたが豆は登場せず、鬼神「方相氏」が矛で悪鬼を祓うとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

箱根神社

地域ごとに様々な豆撒きが行われるという話題で、その一つとしてこの神社での豆撒きの様子が紹介されていた。
この神社では芦ノ湖で水上スキーに乗って逃げる鬼に向かって豆を投げるという催しがあり、神官も水上スキーに乗りながら御祓いをしつつ鬼を追いかけるという特殊な光景があるという。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

芦ノ湖

神奈川県にある湖。
「豆まきは古代ローマの風習!?」で紹介されていた箱根神社で行なわれている豆撒きは、鬼を神官が水上スキーで追いかけまわすというもので、この鬼に向かって湖へと豆を投げるのだという。
芦ノ湖は日本初の水上スキーが行われた場所でもあり、1947年に米軍の将校が板を日本に持ち込んで芦ノ湖で水上スキー行ったのが最初とされている。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

鬼石

群馬県にあるこの町の「鬼恋節分祭」という祭では、豆まきの掛け声が「鬼は内」だったり、鬼の被り物をしての「鬼の結婚式」があるとのこと。
地域ごとに様々な節分行事があるということで、この祭の様子が映し出されていた。


世紀の巨大プロジェクト 第2弾 沖縄海底ピラミッド王国を暴く!

フェニックス

日本では「不死鳥」と呼ばれる伝説上の鳥。
再生と永遠の命の象徴で、その体が燃え尽きた後も再生し永遠に行き続けるという。
沖縄の海底遺跡に影響を与えたと仮説で挙げられたフェニキア人はこの伝説の起源とされている。


フェニキア人

歴史上初の海洋国家を成立し、類まれな商才で世界経済を支配したという民族。
この民族が沖縄の地を訪れ、巨大なピラミッドを作り上げたという説を番組で検証していた。


レバノン杉

フェニキア人が活動の拠点としたレバノン産の杉。
当時の世界で他に優れた木材が無かったので、彼らにとって最大の輸出品となったそうで、エジプトの太陽の船の建材のほか、キリストの十字架にも使われたという。


太陽の船

フェニキア人とピラミッドを繋ぐカギとして取り上げられていた遺物。
1954年、クフ王のピラミッド周辺で見つかった世界最古の木造船で、エジプト人が造ったこの船はフェニキア人が船の建造に使った「レバノン杉」という木材で造られていたとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された映画・DVD

フェニキア人とピラミッドを繋ぐカギとして取り上げられていた、太陽の船の説明VTR中にワンシーンが使われていた映画。
ガレー船についての説明の際、この映画でのガレー船を漕ぐシーンが映し出されていた。

「トロイ[YEC-28411][DVD]」

価格.com


ガレー船

人力で動く大型木造船。
オールを使い人力で動く大型船で、沖縄海底ピラミッド王国に住んでいたというフェニキア人が航海に用いていた船だという。


フェニキア文字

アルファベットの元になったと言われている文字。
古代文明での文字はエジプトの象形文字のように難解で複雑なものしかなかったが、様々な民族と交易をしていたフェニキア人は簡略化したフェニキア文字を発明したという。
また一文字だけで意味を成し、沖縄の海底ピラミッドで見つかった文字も同じように一文字だけで意味を成すため、フェニキア人の痕跡ではないかという説が語られていた。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

サンニヌ台

沖縄県・与那国島にあるスポット。
このスポットには沖縄海底ピラミッド王国に住んでいたといわれるフェニキア人が使っていたという、フェニキア文字が残っているとのこと。


ミステリー其の六十四 石川五右衛門は陰陽師で秀吉暗殺の刺客だった!?

陰陽師

「石川五右衛門は陰陽師で豊臣秀吉の刺客だった!?」の検証で紹介されていた役職。
陰陽師は占星術や呪術を司る古代の役職で、陰陽術を用い、不思議な現象を起こしたとも言われているとのこと。


言経卿記

東京大学史料編纂所が所蔵する、安土桃山時代の公家・山科言経の日記。
この文献には石川五右衛門の最期が記されており、それによると
「一族郎党までが公開処刑される残酷な刑だった」
とのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された本・コミック・雑誌

日本王国記

「石川五右衛門は陰陽師で豊臣秀吉の刺客だった!?」の検証で使用していた書物。
この書物はスペイン人宣教師アビラ・ヒロンが書き、織田信長や豊臣秀吉の活躍などを記しているとのこと。
また、石川五右衛門の釜茹についても書かれており、ヒロンのような外国人が記録に残すほど残酷で印象深い出来事だったらしい。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

与謝野町

諸説ある石川五右衛門の出生地の中で、最も有力とされている丹後地方の町。
この町には「石川五右衛門 出生の地」という石碑があり、出生地付近には「算所」という地名があるという。「占や算」の字は占い師や陰陽師などがいた場所を指すとされており、このことから「五右衛門の出生地は陰陽師の本拠地ではないか」という説が強まったという。


山荘太夫考

「石川五右衛門は陰陽師で豊臣秀吉の刺客だった!?」の検証で使用していた書物。
この書物は民俗学者・柳田國男が書いた本で、日本の小説家が書いた「山椒太夫」を検証した文献だという。
この本によれば、石川五右衛門の出生地は陰陽師の本拠地だったとのこと。


名田庄村暦会館

陰陽師に関する史料を所蔵する施設。
石川五右衛門の謎を調べるために訪れ、館長から
「石川五右衛門も陰陽師の一員であったというのは考えられますね」
という情報を得ていた。
館長は
「星を見てどの方角からどの方角に入って逃げればいいかなど、昔の天文学によって行動していたことは十分に考えられます」
と解説していた。


絵本太閤記

「石川五右衛門は陰陽師で豊臣秀吉の刺客だった!?」の検証で使用していた書物。
この書物は豊臣秀吉の一代記「太閤記」の流布書に挿絵を入れた書物だという。そして、豊臣秀次の家臣が秀吉の暗殺の為、石川五右衛門を抜擢したという内容が書かれているとのこと。


駒井日記

国立公文書館が所蔵している、豊臣秀吉の家来・駒井重勝が記したという日記。
この文献によると
「秀吉は荒地の開墾に陰陽師を使うという名目で、陰陽師を都から追放した」
という。
このように陰陽師が弾圧されたことで、石川五右衛門が秀吉暗殺計画に関与することになったという説があるとのこと。


反閇

陰陽師が用いるという歩き方。
石川五右衛門の錦絵には北斗七星が描かれており、五右衛門はこの歩き方を用いていたのではないかと言われているとのこと。
呪術的歩行法で、北斗七星の形に歩くことで地霊や邪気を鎮め、その場を浄めるという。


ミステリー特派員

「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

熊山

岡山県にある、標高508mの山。
この山野頂上にミステリーがあるとして番組が調査に訪れていた。
頂上にはピラミッドのような遺跡(縦約4m、横約11.7m)があり、さらにその周囲には同じような石の構造物の痕跡がたくさん存在していた。


吉備

現在の岡山県と広島県東部を支配した古代国家。
大和や出雲に並ぶ勢力を誇っていたとされている。
岡山県・熊山の頂上にあった遺跡はこの国家で造られたものであるらしい。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

両宮山古墳

岡山県にある、全長約194mの古墳。
岡山県・熊山の頂上にあった遺跡は大和や出雲に並ぶ勢力を誇っていた吉備という国家で造られたものであるらしい。その吉備の紹介で、吉備がどれほどの力を持っていたかを紹介するVTRで取り上げられていた。
この古墳は吉備の権力を示すために建てられたものの一つとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

作山古墳

岡山県にある全長約286mの古墳。
岡山県・熊山の頂上にあった遺跡は大和や出雲に並ぶ勢力を誇っていた吉備という国家で造られたものであるらしい。その吉備の紹介で、吉備がどれほどの力を持っていたかを紹介するVTRで取り上げられていた。
この古墳は吉備の権力を示すために建てられたものの一つとのこと。


「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報

造山古墳

岡山県にある全長約360mの古墳。
岡山県・熊山の頂上にあった遺跡は大和や出雲に並ぶ勢力を誇っていた吉備という国家で造られたものであるらしい。その吉備の紹介で、吉備がどれほどの力を持っていたかを紹介するVTRで取り上げられていた。
この古墳は吉備の権力を示すために建てられたものの一つとのこと。


新説!?日本ミステリー 公式ホームページ/モバイルサイト

視聴者の身近にあるミステリー情報を募集している、「新説!?日本ミステリー」のインターネットサイト。
情報はホームページや携帯サイトからも応募可能。
採用された方には番組からオリジナルス携帯クリーナーがプレゼントされるとのこと。


(エンディング)

「新説!?日本ミステリー」2009年1月20日(火)放送内容「新説!?日本ミステリー」2009年2月3日(火)放送内容

2008年12月 2009年01月 2009年02月
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介されたすべての情報
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された本・コミック・雑誌
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された音楽・CD
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された映画・DVD
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介されたレストラン・飲食店
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介されたグルメ情報
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された料理レシピ
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介されたホテル・温泉旅館
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された観光・地域情報
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介されたイベント情報
  • 「新説!?日本ミステリー」で紹介された雑学・豆知識