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「摂食障害」の検索結果

「摂食障害」に関連する情報 319件中 1〜10件目

鳥取大学

筋強直性ジストロフィーを根本的に治療する薬はまだない。高校卒業後就職していた純さんは、食が細く、食べたくても食べられないことが続くようになった。ストレスからくる摂食障害が疑って総合病院を受診し、21歳で純さんは筋強直性ジストロフィーと診断された。1984年、愛媛県松山市に生まれた明地さんは、子供の頃からスポーツが大好きな少年だった。大学生の時に始めた極真空手は地域の大会で優勝するほどの腕前。大学を卒業すると、研究者の道を志して大学院にも進学した。専攻したのは、遺伝子を利用した医療。そのさなか弟に遺伝性の難病が発症した。自分の体にも現れる様々な気配。見ぬふりのできない変化は、どんどん大きくなっていき、最悪の形で現実となった。受けた検査で示されたのは、明らかな遺伝子の異常。24歳で筋強直性ジストロフィーと診断された。


筋強直性ジストロフィー

筋強直性ジストロフィーを発症している明地雄司さんと弟の純さんの手は、強く力を入れて握ると開きにくくなることがある。これは、筋肉の収縮した状態が収まりにくいために起こるミオトニアと呼ばれる現象。筋強直性ジストロフィーは、筋力が低下したり、筋肉そのものに異常が起こるのが大きな特徴。1万人に1人の割合とされる発症だが、その仕組は遺伝子に遡る。

体を作る60兆個もの細胞は、人の体を作るために必要なたんぱく質の製造工場とも言える。その細胞の中には、中枢部分に様々な遺伝情報が含まれた染色体「DNA」がある。体に必要なたんぱく質を作るための設計図である遺伝子情報は大切なものなので、新たなたんぱく質を作るときには持ち出さずにコピーが作られる。そして、コピーされた設計図は、筋肉や皮膚など用途に合わせた様々なたんぱく質を作るよう指示する物質によって編集されていく。これにより、1つの設計図から何種類ものたんぱく質ができる。ところが、筋強直性ジストロフィー患者の設計図の一部が長く伸びているため、形が歪に折れ曲がっている。この部分に筋肉を作るよう設計図を編集する物質が取り込まれており、筋肉を作るための物質が正常な設計図にまわらない。

筋強直性ジストロフィーを根本的に治療する薬はまだない。高校卒業後就職していた純さんは、食が細く、食べたくても食べられないことが続くようになった。ストレスからくる摂食障害が疑って総合病院を受診し、21歳で純さんは筋強直性ジストロフィーと診断された。1984年、愛媛県松山市に生まれた明地さんは、子供の頃からスポーツが大好きな少年だった。大学生の時に始めた極真空手は地域の大会で優勝するほどの腕前。大学を卒業すると、研究者の道を志して大学院にも進学した。専攻したのは、遺伝子を利用した医療。そのさなか弟に遺伝性の難病が発症した。自分の体にも現れる様々な気配。見ぬふりのできない変化は、どんどん大きくなっていき、最悪の形で現実となった。受けた検査で示されたのは、明らかな遺伝子の異常。24歳で筋強直性ジストロフィーと診断された。

2016年12月、この日明地さんが向かったのは、大阪府にある刀根山病院。筋強直性ジストロフィーの専門病棟もあるこの病院で、明地さんは年に1度、病気の進行を見るために検査を受けている。検査は体脂肪や筋肉の量を測るCT、血液検査に就寝時の呼吸の状態など、10項目に渡る細かなもの。普段の生活では分からないほど、ゆっくりと進行する病状を把握する。筋強直性ジストロフィーは、筋力の低下の他、白内障や糖尿病、呼吸機能の障害など、全身の様々な臓器に症状が現れることがある。根本的な治療薬のない今は、こうした症状への日頃からのケアが病気の進行を遅らせる唯一の方法である。筋強直性ジストロフィーと診断された翌年、明地さんに変化が起こった。このまま病気を受け入れ進行を待つのではなく、できるなら病気を治す力になりたい。研究者から患者の治療の携わる医師へ。それは、未だ治療法のない難病を患いながらも生まれた将来への希望。一方、病気であることには変わらない現実、体の変化。自らの意思で選べる将来と、どうしようもない将来が、ぐるぐると日々入り交じる。


摂食障害

フランスの2大ファッショングループ、LVMH(モエヘネシー・ルイヴィトン)とKERING(ケリング)が今月6日、痩せすぎのモデルは歩かせないという異例の声明を発表した。2大グループが新たに設けた基準は、医師の診断書で健康状態が良好であること、適度な体型であること。具体的にはBMIが18.5以上、服のサイズが34(XS)以上であることなどと決められた。トップモデル10人に調査したところ、平均身長は177.9cm、平均体重は53.6kg。新基準が適用されれば、7年連続モデル長者番付1位のジゼル・ブンチェンはBMI17.6でNG。ミランダ・カーも17.3でNG。ナオミ・キャンベルは18.5でOKとなる。今回このような声明が発表された背景として、フランスで拒食症が社会問題化していることが挙げられる。統計では11〜14歳の少女の19.6%が痩せすぎ。今年5月、痩せすぎモデル起用の業者に罰則が課されることになり、最高で6か月の禁固刑と約970万円の罰金となる。もともと1980年代までは女性的でグラマーな曲線美がある体形が好まれていた。その後1990年代にスーパーモデルが誕生、モデルが憧れの的になり痩せ形時代になっていった。さらに2000年代になると「痩せている=美しい」という風潮になり、徐々に無理なダイエットで痩せすぎになっていった。日本にもこの影響が及んでおり、30代日本人女性の平均身長・体重の推移を見てみると、平均身長は年々伸びているのに平均体重はほぼ変わっていない。つまり、年々痩せ形になっていると考えられる。医療従事者によると、痩せすぎは免疫力が落ちて感染症にかかりやすくなる、ここ30年で日本女性も痩せ形傾向に陥っているとのこと。


「摂食障害」に関連するイベント情報

トリノ五輪

娘の姿を見て両親は困惑。自宅でも少量の食事を続けた鈴木明子は食べたいがどうすることもできないのが摂食障害の怖さと語った。体重は34kgになり拒食症と診断された。3年後のトリノ五輪の夢が崩れた。6種類の薬を飲む生活、母はスケートを続けたい明子に食べられるものから食べればいいと告げた。この言葉に救われたという。それから食べ物を少しずつ口にできるようになった。


拒食症

鈴木明子は世界に向けた練習ですべてを体重のせいだと思い込んだ。浅田真央らはスタイルがよく、自分が変えられるのは体重だけだと思ったという。肉や油を口にせずジョギングでカロリーを消費、クロアチアの国際大会に出場した時にステーキ店で肉を食べたが激しい嘔吐に襲われた。その日を境に食べ物を見ると吐き気がし何も食べられない日が続いた。そして食材のカロリーを把握、1か月半で8kg痩せていた。体力が落ちスケートどころではなくなり練習は強制的にストップ。実家に帰り母は言葉を失った。

娘の姿を見て両親は困惑。自宅でも少量の食事を続けた鈴木明子は食べたいがどうすることもできないのが摂食障害の怖さと語った。体重は34kgになり拒食症と診断された。3年後のトリノ五輪の夢が崩れた。6種類の薬を飲む生活、母はスケートを続けたい明子に食べられるものから食べればいいと告げた。この言葉に救われたという。それから食べ物を少しずつ口にできるようになった。

拒食症を克服した鈴木明子は食べることができないことで自己嫌悪、食べることへの恐怖がつきまとう、発症から3年は肉が食べられなかったなどと話した。


「摂食障害」に関連するイベント情報

世界陸上ロンドン

「世界陸上ロンドン8月開幕」の告知テロップ。


NEWSな2人

デモ隊大募集中!ご応募は「NEWSな2人」番組HPへ。


摂食障害

加藤シゲアキと小山慶一郎は、死ぬ可能性があることをわかっていない、周りが異変を感じた時に言ってくれた言葉をどれくらい受け入れられるか、1人で乗り越えると思わず、みんなで乗り越えていくことが大事だと思ったなどと話した。そして、もしかしたらと思っている人は迷わず相談したり動くことも大切だなどと話した。


「摂食障害」に関連するレストラン・飲食店

千葉県某所で行われていた摂食障害の勉強会に、小山と加藤が潜入した。摂食障害家族の会ポコ・ア・ポコ代表の鈴木高男さんは約20年前にこの会を結成し、鈴木さんの店「喫茶店 つむぎ」や千葉県の福祉施設などで月1回摂食障害の勉強会を行っている。鈴木さんは、娘が最初摂食障害になって、皆さんと同じように私が困った、医療者と繋がり色々教わって、家族が家族を支えていくようにしたなどと話した。鈴木さんは摂食障害の特効薬は“家族の支え”だとして、勉強会で1000組以上の親子を救ってきたという。

 (甘味処、うどん、かき氷)