テレビ紹介情報

「徹子の部屋」で紹介された情報

「徹子の部屋 〜追悼・星由里子さん〜」 2018年5月21日(月)放送内容「徹子の部屋 〜高橋英樹&松原智恵子〜」 2018年5月23日(水)放送内容

「徹子の部屋」 2018年5月22日(火)放送内容

『小柳ルミ子』
2018年5月22日(火) 12:00〜12:30 テレビ朝日
【レギュラー出演】 黒柳徹子
【ゲスト】 小柳ルミ子

(オープニング)

(本日のお客様 小柳ルミ子)

「徹子の部屋」で紹介された音楽・CD

瀬戸の花嫁

日本情緒豊かな曲を歌ってきた小柳ルミ子。そのひとつが名曲「瀬戸の花嫁」だ。作曲を担当した平尾昌晃は、かつて当番組で「歌のなかでルミ子を結婚させようという冗談みたいな話がホントになった」などと発言した。リリース当時、十代だった小柳は「結婚しない」旨の発言をしていたという。その後、小柳は結婚を経験したが、離婚してしまった。


「徹子の部屋」で紹介された音楽・CD

わたしの城下町

日本情緒豊かな曲を歌ってきた小柳ルミ子。そのひとつが名曲「瀬戸の花嫁」だ。作曲を担当した平尾昌晃は、かつて当番組で「歌のなかでルミ子を結婚させようという冗談みたいな話がホントになった」などと発言した。リリース当時、十代だった小柳は「結婚しない」旨の発言をしていたという。その後、小柳は結婚を経験したが、離婚してしまった。


「徹子の部屋」で紹介された音楽・CD

おひさしぶりね

黒柳が司会をつとめた「ザ・ベストテン」という歌番組に、小柳ルミ子は持ち歌の「お久しぶりね」がヒットしていたころに出演した。当時を振り返った2人は、衣装や演出が奇抜で記憶に残っている、などと話した。


CM

(本日のお客様 小柳ルミ子)

ワタナベエンターテインメント

小柳の亡き母・愛子さんは歌手志望だったが、貧しい環境で育つなどしたため、断念した。しかし歌へのおもいは断ち切り難く、やがて娘に受け継がれた。夢を託された小柳は、幼い頃から習い事をさせられるなどして、スパルタ式で育てられた。15歳になった小柳は、母と離れて宝塚入り。成績優秀で委員長にのぼりつめたが、理不尽なことの連続で、母に泣きついた。そんなとき、母は決まって娘を突き放したが裏では泣いていたという。宝塚卒業後、小柳はナベプロに所属。それから先、母は「自分の役目は終わった」と芸能活動に口出しをすることはなかった。一方で、娘のレコードを大量に購入するなど応援していたという。


「徹子の部屋」で紹介された音楽・CD

わたしの城下町

小柳の亡き母・愛子さんは歌手志望だったが、貧しい環境で育つなどしたため、断念した。しかし歌へのおもいは断ち切り難く、やがて娘に受け継がれた。夢を託された小柳は、幼い頃から習い事をさせられるなどして、スパルタ式で育てられた。15歳になった小柳は、母と離れて宝塚入り。成績優秀で委員長にのぼりつめたが、理不尽なことの連続で、母に泣きついた。そんなとき、母は決まって娘を突き放したが裏では泣いていたという。宝塚卒業後、小柳はナベプロに所属。それから先、母は「自分の役目は終わった」と芸能活動に口出しをすることはなかった。一方で、娘のレコードを大量に購入するなど応援していたという。


CM

(本日のお客様 小柳ルミ子)

「徹子の部屋」で紹介された音楽・CD

瀬戸の花嫁

仕事の関係で、小柳は、母の最期に立ち会えなかった。病に倒れ衰弱して入院していた母に、電話を通して「瀬戸の花嫁」をきかせたのが最後だった。仕事を終えた翌日、小柳は、母のもとにかけつけた。母は遺書を残していて、そこには娘への感謝の言葉が記されていた。それを見て、小柳は、おもわず号泣してしまったという。過去に、マスコミ攻撃などで、母に苦しみ・悲しみを与えてしまったからだった。


CM

(本日のお客様 小柳ルミ子)

「徹子の部屋」で紹介された本・コミック・雑誌

小柳は、サッカーが大好き。テレビ観戦はもちろん、現地観戦もする。サッカー好きが高じて、本まで出版してしまった。小柳にいわせると「サッカーは人生の縮図」ということだった。ちなみに小柳のご贔屓のチームはバルセロナだ。

「パスコースがない? じゃあ、つくればいい。: ルミ子の勝手にサッカー学」

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「徹子の部屋 〜追悼・星由里子さん〜」 2018年5月21日(月)放送内容「徹子の部屋 〜高橋英樹&松原智恵子〜」 2018年5月23日(水)放送内容