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テレビ紹介情報

「皇室日記」で紹介された情報

「皇室日記」2015年11月8日(日)放送内容「皇室日記」2015年11月22日(日)放送内容

「皇室日記」 2015年11月15日(日)放送内容

2015年11月15日(日) 06:00〜06:15 日本テレビ
【レギュラー出演】 青木源太 , 井田由美
【その他】 五郎丸歩 , 小田晶子 , 日比野弘

(オープニング)

(皇室日記)

「皇室日記」で紹介されたイベント情報

秋の園遊会

11月12日に赤坂御苑にて「秋の園遊会」が行われた。天皇皇后両陛下らが出席し、参加していた漫画家の水島新司さんなどに声をかけた。


赤坂御苑

11月12日に赤坂御苑にて「秋の園遊会」が行われた。天皇皇后両陛下らが出席し、参加していた漫画家の水島新司さんなどに声をかけた。


CM

(皇室日記)

秩父宮ラグビー場

昭和天皇の弟:秩父宮さまの名前が由来となる秩父宮ラグビー場(東京・港区)から青木源太らが中継。今日は、皇室とラグビーとの意外な関わりについて特集で紹介すると伝えた。

去年2月、秩父宮ラグビー場で、第51回日本ラグビーフットボール選手権大会(ヤマハ発動機 vs 神戸製鋼)が開かれ、天皇皇后両陛下が揃って観戦された。この試合で活躍した五郎丸選手に当時の天覧試合についてインタビューすると、自身の名前に興味を持たれていたことなどについて語った。

秩父宮ラグビー場の名前の由来となった秩父宮さまは昭和天皇の弟にあたる方で、少年時代から様々スポーツを経験し、スポーツの宮様として国民に親しまれていた。大正14年にはラグビーの名門:オックスフォード大学へ留学、ラグビーについて秩父宮さまは、男らしいスポーツでありルールも紳士的であると大変気に入っていた。日本ラグビー史(日本ラグビーフットボール協会)の寄稿文には、ラグビーを見初めた時の心情などについて語られていた。

当時・日本では東西にラグビー協会があり、全国的な統一組織がなかったため、秩父宮賜杯を賜ることなどをきっかけに大正15年日本ラグビー蹴球協会が発足した。しかし時代が戦時体制となり若いラガーマンたちも出陣することとなった。終戦から2年後には専用競技場の建設計画が持ち上がった。当時建設を担当した鹿島建設(東京・港区)に貴重な資料が保存されており、設計図などの資料があった。そこには、当時の名称は秩父宮ラグビー場ではなかったことなどが読み取れた。

昭和22年に東京ラグビー場が完成。秩父宮さまは初来日したオックスフォードの試合を観戦した翌年、ご逝去された。その後、秩父宮さまの思いは秩父宮妃勢津子さまに引き継がれ、ラグビーの振興に尽くした秩父宮さまを偲び、東京ラグビー場は秩父宮ラグビー場に改称された。昭和33年、当時皇太子だった天皇陛下も観戦したオールブラックスコルツ(ニュージーランド代表U23)と早稲田大学の試合に出場した日比野弘さん(日本ラグビーフットボール協会名誉顧問)に当時の話をきいた。殿下がおいでになるだけで大変緊張して、自分を鼓舞したことを鮮明に覚えていることなどを話してくれた。戦後の復興とともに発展を続けてきた日本ラグビー。ラグビーを愛した秩父宮さまの思いは引き継がれ、今も日本選手権の優勝チームには秩父宮賜杯が贈られている。


「皇室日記」で紹介されたイベント情報

日本ラグビーフットボール選手権大会

去年2月、秩父宮ラグビー場で、第51回日本ラグビーフットボール選手権大会(ヤマハ発動機 vs 神戸製鋼)が開かれ、天皇皇后両陛下が揃って観戦された。この試合で活躍した五郎丸選手に当時の天覧試合についてインタビューすると、自身の名前に興味を持たれていたことなどについて語った。


「皇室日記」で紹介された本・コミック・雑誌

日本ラグビー史

秩父宮ラグビー場の名前の由来となった秩父宮さまは昭和天皇の弟にあたる方で、少年時代から様々スポーツを経験し、スポーツの宮様として国民に親しまれていた。大正14年にはラグビーの名門:オックスフォード大学へ留学、ラグビーについて秩父宮さまは、男らしいスポーツでありルールも紳士的であると大変気に入っていた。日本ラグビー史(日本ラグビーフットボール協会)の寄稿文には、ラグビーを見初めた時の心情などについて語られていた。


オックスフォード大学

秩父宮ラグビー場の名前の由来となった秩父宮さまは昭和天皇の弟にあたる方で、少年時代から様々スポーツを経験し、スポーツの宮様として国民に親しまれていた。大正14年にはラグビーの名門:オックスフォード大学へ留学、ラグビーについて秩父宮さまは、男らしいスポーツでありルールも紳士的であると大変気に入っていた。日本ラグビー史(日本ラグビーフットボール協会)の寄稿文には、ラグビーを見初めた時の心情などについて語られていた。

昭和22年に東京ラグビー場が完成。秩父宮さまは初来日したオックスフォードの試合を観戦した翌年、ご逝去された。その後、秩父宮さまの思いは秩父宮妃勢津子さまに引き継がれ、ラグビーの振興に尽くした秩父宮さまを偲び、東京ラグビー場は秩父宮ラグビー場に改称された。昭和33年、当時皇太子だった天皇陛下も観戦したオールブラックスコルツ(ニュージーランド代表U23)と早稲田大学の試合に出場した日比野弘さん(日本ラグビーフットボール協会名誉顧問)に当時の話をきいた。殿下がおいでになるだけで大変緊張して、自分を鼓舞したことを鮮明に覚えていることなどを話してくれた。戦後の復興とともに発展を続けてきた日本ラグビー。ラグビーを愛した秩父宮さまの思いは引き継がれ、今も日本選手権の優勝チームには秩父宮賜杯が贈られている。


日本ラグビー蹴球協会

当時・日本では東西にラグビー協会があり、全国的な統一組織がなかったため、秩父宮賜杯を賜ることなどをきっかけに大正15年日本ラグビー蹴球協会が発足した。しかし時代が戦時体制となり若いラガーマンたちも出陣することとなった。終戦から2年後には専用競技場の建設計画が持ち上がった。当時建設を担当した鹿島建設(東京・港区)に貴重な資料が保存されており、設計図などの資料があった。そこには、当時の名称は秩父宮ラグビー場ではなかったことなどが読み取れた。


鹿島建設

当時・日本では東西にラグビー協会があり、全国的な統一組織がなかったため、秩父宮賜杯を賜ることなどをきっかけに大正15年日本ラグビー蹴球協会が発足した。しかし時代が戦時体制となり若いラガーマンたちも出陣することとなった。終戦から2年後には専用競技場の建設計画が持ち上がった。当時建設を担当した鹿島建設(東京・港区)に貴重な資料が保存されており、設計図などの資料があった。そこには、当時の名称は秩父宮ラグビー場ではなかったことなどが読み取れた。


全早大

昭和22年に東京ラグビー場が完成。秩父宮さまは初来日したオックスフォードの試合を観戦した翌年、ご逝去された。その後、秩父宮さまの思いは秩父宮妃勢津子さまに引き継がれ、ラグビーの振興に尽くした秩父宮さまを偲び、東京ラグビー場は秩父宮ラグビー場に改称された。昭和33年、当時皇太子だった天皇陛下も観戦したオールブラックスコルツ(ニュージーランド代表U23)と早稲田大学の試合に出場した日比野弘さん(日本ラグビーフットボール協会名誉顧問)に当時の話をきいた。殿下がおいでになるだけで大変緊張して、自分を鼓舞したことを鮮明に覚えていることなどを話してくれた。戦後の復興とともに発展を続けてきた日本ラグビー。ラグビーを愛した秩父宮さまの思いは引き継がれ、今も日本選手権の優勝チームには秩父宮賜杯が贈られている。


オールブラックスコルツ

昭和22年に東京ラグビー場が完成。秩父宮さまは初来日したオックスフォードの試合を観戦した翌年、ご逝去された。その後、秩父宮さまの思いは秩父宮妃勢津子さまに引き継がれ、ラグビーの振興に尽くした秩父宮さまを偲び、東京ラグビー場は秩父宮ラグビー場に改称された。昭和33年、当時皇太子だった天皇陛下も観戦したオールブラックスコルツ(ニュージーランド代表U23)と早稲田大学の試合に出場した日比野弘さん(日本ラグビーフットボール協会名誉顧問)に当時の話をきいた。殿下がおいでになるだけで大変緊張して、自分を鼓舞したことを鮮明に覚えていることなどを話してくれた。戦後の復興とともに発展を続けてきた日本ラグビー。ラグビーを愛した秩父宮さまの思いは引き継がれ、今も日本選手権の優勝チームには秩父宮賜杯が贈られている。


(エンディング)

CM

「皇室日記」2015年11月8日(日)放送内容「皇室日記」2015年11月22日(日)放送内容

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