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脳脊髄液漏出症
脳脊髄液漏出症と闘う森本遥斗は治療後も症状が一進一退し、心を塞ぐ日々に戻っていた。この日母は、「前向きならいい」「こうしたい、を言ってみてもいい」と遥斗に声をかけた。息子には病気を理由に人生から逃げないでほしいとの思いだった。数日後、友人と野球の練習をする遥斗の姿があった。できることからやってみようとの思いで体を動かしていた。遥斗は家族に、一緒に闘ってくれていて感謝していると語る。高校の始業式、体調は良くないと語りながら登校する遥斗の姿。一生付き合わないといけない病気かもしれないと考え、体調が悪くとも慣れることから始めたいと決意を固めた。脳脊髄液漏出症には分からないことも多く現在国による研究が進められている。遥斗は先月2度目のブラッドパッチを受けた。
- 情報タイプ:病名・症状
- ・news every. 2017年6月27日(火)15:50〜19:00 日本テレビ
脳脊髄液漏出症
脳の病気と闘う16歳の少年と家族の物語を紹介する。森本遥斗は脳脊髄液漏出症という病気にかかっており、頭痛や吐き気などを引き起こすというもの。通常の検査などで異常が見つかりにくく、心の病気などと勘違いされることもある。不安な日々を送る彼にはプロ野球選手という夢があったため、新たな治療に臨むことにした。血液の凝固作用で髄液の漏れる部分を塞ぐという治療に望みを託した。
森本遥斗の部屋に母が訪れたところ、遥斗は頭が痛い、体が重いと訴えた。こうした症状が常に彼を襲うという。脳脊髄液漏出症という、髄液の漏れにより脳の位置が下がり症状が起こるもの。主な原因は交通事故やスポーツ外傷で、尻もちなどでも起こりうる病気だと医師は語る。病気の実態が解明されたのは最近で、医師の間でも認知度が低く検査で異常が見つかりにくく、怠けているだけだと片付けられるケースもある。両親は怠けから来るものだと厳しく扱っていたと話す。
森本遥斗は8歳から野球を始め、中学ではエースとして活躍していた。父・森本智は元プロ野球選手だったため、遥斗はプロ野球選手を夢とした。中学2年生のとき、キャッチャーミットが遥斗の頭部を強打したことから家族の生活が一変した。当時は一瞬の痛みしかなかったが、1週間後から激しい頭痛と吐き気が遥斗を襲った。しかしどこの病院に行っても違う病名を言われたりしており、その時が一番嫌だったと母は話す。遥斗の病名が判明するまで2年を要した。今は学校にも満足に通えない日々を受けている。普通の生活がしたいと遥斗。
森本遥斗はこの日山王病院を訪れた。有効だとされているブラッドパッチという治療法に臨む。ブラッドパッチは髄液が漏れている部分に患者自身の血液を注入、凝固作用で漏れを塞ぐ治療。高橋浩一医師は、5年以内に治療できれば有効率9割で、何でもできるという子を増やしたいと語る。緊張すると話す遥斗に、野球も絶対勝てはしないが気持ちがあれば勝てると励ました。治療が始まった。20分ほどで治療は終了、遥斗の体調は回復した。ようやく遥斗に笑顔が浮かんだ。
2016年、治療を続けているという宮崎遥が病院にブラッドパッチを受けに来た。再発を繰り返しており今回が4度目の治療。宮崎は中学2年生のとき跳び箱から転落したことで脳脊髄液漏出症の診断を受けた。宮崎は色んなことをやりたいのに体が傷んで心も嫌になってくると語った。8ヶ月後、宮崎は大学院に通い始めていた。充実した日々を送っており、人とコミュニケーションを取ることができるようになって楽しいと語った。
治療から2週間後、森本遥斗の元を訪れていた。遥斗は頭痛や吐き気がほとんど気にならないほどまでに回復、1ヶ月ぶりに学校に行くことを決めていた。登校日の朝、体調が悪くなるも登校、久しぶりにクラスメイトの前で笑顔を見せた。2時間目の授業終了後、頭痛・吐き気などで保健室向かった。人が集まっているところでは騒音が頭に響き症状がひどくなる様子だった。この日は早退することになった。不安を抱える遥斗に対し、両親はお互い歯がゆいと話す。脳脊髄液漏出症は治療後も症状が一進一退することが多く、本人も家族も気弱になるという。この日、気持ちが負けそうになっている遥斗に母は、「病気が判明してから弱くなっている」と強い口調で伝え始めた。
- 情報タイプ:病名・症状
- ・news every. 2017年6月27日(火)15:50〜19:00 日本テレビ